日本語を母語としないながらも、今は流暢でごく自然な日本語で活躍している外国出身者は、どのような道のりを経てそれほどまで日本語に習熟したのか。日本語教師の資格を持つライターの北村浩子氏がたずねていく。今回は、ベトナムからの技能実習生として来日し、現在は大学院で学びながら、母国の農業に寄与したいと志すゴー・ティ・トゥー・タオさんにうかがった。【全4回の第4回】
ベトナムの実家でお父さんが作っているコーヒー。実習生として来日したばかりのとき、それを飲んで心を癒し頑張っていたタオさんは、ベトナム産のコーヒーの魅力を世界に広げたいと考えている。コーヒー豆の産地というと南米や中米の名前が浮かぶが、実はベトナムはコーヒー産出量が世界第2位の国。それをもっと知ってもらいたい、そしてコーヒーを栽培する土壌の質の改善や排水処理技術などを通じて、母国の農業に貢献したい。そんな想いを抱いて、タオさんは北見工大の大学院で日々研究に勤しんでいる。
「今、ビジネス日本語の試験も受けてみようかなって思っているんです。去年(2022年)日本語能力試験のN1(一番高いレベル)に合格してから、日本語の勉強をあまりしていなくて。それまでは試験を目標に毎日勉強していたんですけど、N1が取れてほっとして、少し休んでしまっています。
なんか最近は、自分の日本語力、落ちてる気がして……ビジネスの本も読んでいるので、それも生かしたいし、もうちょっと勉強しないといけないですね」
日本語力が落ちている、なぜそう感じているのだろう?
「大学院にはタイやモンゴル、マレーシアからの留学生もいるので、食堂で一緒にお昼ご飯を食べたりします。そのときは日本語で話しますが、私もみんなも、それ以外の時間はずっと実験をしてて、化学の実験なので集中しないと危ないから、あまり喋らない。コミュニケーションの時間はそんなに長くないんですね。多分、実習生のときより、日本語を使うチャンスは減っている気がします。先生に相談するときくらいかな……」
「日本語を使う機会があまりない」というのは、おそらく多くの外国出身者が感じていることだと思う。話さなくても困らないように、社会が変化していることも大きい(だからこそ、コンビニや居酒屋などで働く外国出身者のすごさも分かるのだが)。道が分からなくて人に聞く、なんてこともスマホがあるからあまりないし、外食のチェーン店では注文もタブレットでできてしまう。買い物もセルフレジがある。日本語教師としては、学んだことをどんどん生かして欲しいと思うけれど、「どうしても日本語を使わなければならない」場面は、病気のときなどを除いて日常生活ではとても少ない。
そんなことをタオさんに話したら、
「やっぱり、私もたくさん喋れば普通に自然に話せるんですけど、使わないと言葉は出てこないですね。今もまだ、言いたいことが言えてないと感じるときがあります。簡単な文法しか使ってないと思うし、敬語もまだまだだと思います」
と謙虚な答えを返してくれた。そう、日本語で話すタオさんはとても謙虚で思慮深い。タオさん自身は「日本語の自分」をどう感じているのだろうか。
「日本語で話しているときの自分は、考えながら話しているから落ち着いているかなと思います。私、ベトナム語では結構早口なんですよ。たまに、喋ってるんだけど頭の中では別のことを考えていることもあって、特に友達と喋っているとき、聞き返されても『あれ、今何言ったんだっけ?』ってなることがあります(笑)。
考えずにすらすら話せる母国語の自分と、考えて話している日本語の自分は、性格というか雰囲気が違う。今、ほとんど日本語で生活している中で、時々ベトナム語を話すと、ちょっと冷静に喋っているなと気付きます。ベトナム語の自分も、考えながら、話に集中して喋ってる。日本語での話し方が移っているんですね」
外国語の自分が、母国語の自分に影響を与えている。そう感じること自体がとても豊かな経験だ。羨ましいし、かけがえのないことだと思う。
「今勉強していることを、将来役立てたい。起業のために活かしたい。そういう気持ちがどんどん強くなっていると感じます。日本国内の学会で、日本語で発表するために発音も改善しなければと思っています。時間がかかっても、本ももっと読みたいですね。研究も大事ですけど、私にとって、日本語もとても大事です」